その腰痛、仙腸関節障害が原因かもしれません
画像所見の得られない腰痛の悲劇
腰痛は、人類共通の悩みと言っていいくらいに、その患者数は世界中に広がっています。
ところで、その85%は原因が不明であると報告されています。
今日まで原因不明とされてきていた腰痛の中に、「仙腸関節」(せんちょうかんせつ)の障害に由来するものがあります。
腰痛に占める頻度は約10%で、若年層から高齢者までの男女に発症します。
仙腸関節由来の痛みは、20世紀初頭に、腰痛及び下肢痛(足全体の痛み)の原因として提唱され注目されていたのですが、その後、椎間板ヘルニアの概念の確立により、腰痛・下肢痛の原因は腰椎の椎間板に求められるようになりました。
そのために、腰痛の原因としてはあまり注目されなくなり、しかも、CT(コンピューター断層撮影)やMRI(脊髄造影、磁気共鳴画像装置)による検査をしても異常が見られないことから、見逃される例が多くなっていました。
これは、言い換えれば、上記の約10%の人は、仙腸関節由来の腰痛であるにも関わらず、適切な治療が受けられていない可能性があるということです。
正しい診断がなされない、あるいは原因不明のままでは、完治は望めません。それどころか、自分の病気が正しく理解されないことで、社会的な苦痛を味わう場面も生ずることがあるのです。
仙腸関節障害患者の悲劇 教訓的症例
仙腸関節障害の患者の悲劇は、画像所見が得られないために、診断がつかず、心療内科や精神科の受診をすすめられる人々が多いことである。
◆症例1: 65歳,男性: “身体表現性疼痛”と診断された仙腸関節障害例
2年前に海外旅行の帰途,飛行機が揺れ,右臀部痛出現。座位、仰臥位困難、MRI、CT で異常所見なく、整形、神経内科、ペインクリニックでの加療も無効。
心療内科を受診して『身体表現性疼痛性障害』と診断される。
当科で2回の仙腸関節ブロックで疼痛は軽快し、職場復帰した。
◆症例2: 34歳,男性: “詐病”を疑われた仙腸関節障害例
3年前に誘因なく左鼠径部,腰殿部痛出現.整形外科、消化器科、泌尿器科等を受診するも異常所見なし、との診断がなされる。
心因性疼痛を疑われて精神科受診した結果“うつ状態”と診断された。職場,家庭で徐々に詐病を疑われ、孤立。
鼠径部痛で内科を受診した際に当科紹介となる。
仙腸関節ブロックが効果はあるものの一時的であり、日常生活が困難となり、仙腸関節固定術を行った。
術後、疼痛は軽快し、走行できるまで回復した。
この経過を見て、初めて、家族、職場の上司が器質的な障害であったことを理解した。
仙腸関節障害の診断がなされず、職場、家庭で精神的に追い込まれている患者が少なからず存在することを教えられた。
※症例1・症例2:「仙腸関節由来の疼痛の診断と治療」(村上栄一)より引用
近年、日本においても、原因不明の、あるいはなかなか良くならない腰痛の原因として、新たに注目されるようになってきています。
【補足】
実は、腰痛の中に、「仙腸関節」の障害に由来するものがあることを突き止めた医師が、JCHO仙台病院の村上栄一副院長です。
村上氏は、その後、仙腸関節セミナーやが学会発表を重ねていき、多くの医師が関心を寄せるようになります。
そして、その結晶として、2009年に「日本仙腸関節研究会」を発足。
いまでは、全国各地の病院で、仙腸関節の診断と治療を行うまでに発展。
【参考】ページ下:全国の仙腸関節障害の診断ができる病院と専門医のご案内
仙腸関節障害とは
仙腸関節は、腰骨である仙骨(せんこつ)と腸骨(ちょうこつ)の間にある狭い隙間(関節)で、周囲の靭帯(じんたい)によって強固につながっています。
3~5mmほどの稼動域しかないため外見や画像検査でもほとんど動きがわかりません。(この理由により、長い間”動かない関節”として信じられていて、研究対象にならず、忘れられていた)
私たちの日常生活の動きの中で、例えば、ビルの免震構造のように、脊椎のバランスに関係すると考えられています。
一般的には出産した女性の腰痛の原因とひとつとなるともいわれています。(実際は、上記のように老若男女を問わず腰痛の原因となります)
症状と特徴
片側の腰臀部の痛み、下肢(足全体をいいます)の痛みが多く見られる。
仙腸関節障害で訴えられる“腰痛”の部位は、仙腸関節を中心とした痛みが一般的だが、臀部(でんぶ・おしり)、鼠径部(そけいぶ・あしの付け根)、下肢(かし・あし)などにも痛みを生じることがある。(→ 図2)
ぎっくり腰のような急性腰痛の一部は、仙腸関節の捻挫が原因と考えられる。
仙腸関節の捻じれが解除されないまま続くと慢性腰痛の原因にもなる。
長い時間椅子に座れない、仰向けに寝れない、痛いほうを下にして寝れない、という症状が特徴的。
歩行開始時に痛みがあるが徐々に楽になる、正坐は大丈夫という方も多く見受けられる。
★腰臀部、下肢の症状は、腰椎の病気 ── 腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)や、腰椎椎間板(ようついついかんばん)ヘルニア ── による神経症状と似ているので注意が必要。
下肢の痛みは、一般的に坐骨神経痛と呼ばれますが、仙腸関節の動きが悪くなり、周囲の靭帯が刺激されることでも、下肢の痛みを生じてきます。
腰椎と仙腸関節は近くにあり、関連しているので、腰椎の病気に合併することもあり得る。
腰椎の病気に対する手術後に残った症状の原因となる場合もあり。
仙腸関節障害の診断
仙腸関節障害の診断で特に重要なのは、患者さんの症状と触診です。
上記に記載しているように、画像による診断はほぼ不可能だからです。
・one finger test(ワンフィンガーテスト)
患者自身に痛みの強いところを人差し指で示してもらう。
上後腸骨棘(じょうごちょうこつきょく)(図)の付近が示されれば、仙腸関節由来の痛みが疑われる。
・仙腸関節への疼痛誘発テスト(Newtonテスト変法,Gaenslen テスト,Patrick テスト)の一つ以上が陽性であるものは仙腸関節由来の痛みの可能性が高い。
・Newton テスト変法
仙骨や腸骨に力を加えて、仙腸関節を動かした時痛みが出るかどうかを検査
・Gaenslen テスト(ゲンスレン)
仰向けになって、片方の膝を曲げて、胸に抱え込むようにする。
・Patrick テスト
仰向けになって、股関節を屈曲・外転・凱旋させる。(股関節を開くように動かす)
※股関節の問題を調べるのがその目的であることが多いが、仙腸関節障害の痛みの場合は股関節でなくお尻のほうに痛みが出る。
仙腸関節障害由来の腰痛の治療
保存療法
・骨盤ゴムベルト
骨盤装具のような強固なものは不要で、腸骨稜より下方に骨盤ベルトを装着することで十分に効果が期待できる。特にゴム製の帯状のベルトは締める強さを調節できるので、仙腸関節のわずかな不適合の発生を抑える効果があり、仕事に復帰した時などの再発予防にも使えます。
また、骨盤ゴムベルトは前締めと後締めの両方を試して、痛みが軽減される方を選択します。(経過によって変わることもあり)
・ブロック療法
安静にしていても回復が見込めず、また装具による治療で改善しない場合は、仙腸関節ブロック(仙腸関節に局所麻酔剤を注射)を行います。
ブロック療法には関節内ブロックと関節後方(靱帯領域)へのブロックがあります。
「筆者らが関節腔内ブロックと関節後方の帯へのブロックの効果を検討した結果、関節後方の帯へのブロックの方が関節腔内ブロックに比べて有効であることが判った。この知見から、仙腸関節ブロックは関節後方の帯領域への局所麻酔剤注入が有効であり、このブロック方法により仙腸関節障害の治療が容易になった。」(引用:日本仙腸関節研究会資料「仙腸関節由来の疼痛の診断と治療」)
・AKA(関節運動学的アプローチ)博田法(はかたほう)
博田節夫氏により開発された仙腸関節の機能障害を改善させる手技。
「関節運動学に基づき、関節神経学を考慮して、関節の遊び、関節面の滑り、回転、回旋などの関節包内運動の異常を治療する方法、および関節面の運動を誘導する方法」と定義され、医師や理学療法士が実践し、治療効果をあげている。
・真向法(まっこほう)
真向法は明治生まれの事業家・長井津(ながいわたる)がさまざまな不具合は姿勢の歪
みがもたらすもので正しい姿勢こそ健康回復の重要な鍵だと考えて生み出した体操。(真向法協会が推進)
☆4つの体操から構成。
第一体操…足の裏を合わせて、両膝を床につけ、背筋を伸ばして座り、息をゆっくり吐きながら体を前に倒す。
第二体操…両脚をまっすぐ伸ばして座り、息をゆっくり吐きながら体を前に倒す。
第三体操…あしを開脚して、同様に行う。第四体操…正座位で両脚の間にお尻を落として座り、そのまま腕を上にして体を後ろに倒す。
手術療法~最終的かつ慎重にすべき!
保存療法を行っても、強い症状のために日常生活に支障をきたす場合には、あるいは長の保存療法が無効な症例には、仙腸関節の微小な動きを止める手術(仙腸関節固定術)が行われます。
【付記】
「ブロック効果が持続せず,日常生活が困難になった患者さんには仙腸関節の手術しか救済手段がない。(省略)しかし関節固定手術の適応は慎重にすべきであり、6ヶ月以上の保存療法を行っても持続的効果が得られない症例に手術を検討している」(引用:日本仙腸関節研究会資料「仙腸関節由来の疼痛の診断と治療」村上栄一著)
まとめ
仙腸関節由来の痛みは腰痛の約1割を占める(一部の報告には3.5~30%とも)が、画
像で診断に直結する所見が得られない痛みであるために見逃されやすい。
診断に際しては,先ず仙腸関節部周辺の自覚疼痛領域に注目することが重要である。
さらに,各種の疼痛誘発テストの所見を参考にして、最終的仙腸関節ブロックの効果から診断する。
そして保存療法に抵抗する例には仙腸関節固定術が適応となる。
上記の診断及び治療の適応は、仙腸関節障害の診断ができる病院および専門医に拠らなければなりません。
(引用・参考資料)
「仙腸関節由来の腰痛」村上栄一 2007年
「仙腸関節障害の治療経験」釧路労災病院脳神経外科 森本大二郎 他 2010年
「仙腸関節由来の疼痛の診断と治療」村上栄一 2009年